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「自分が影響力を行使できる物事に力を注げ!人生を充実させる方法」


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人生は短い。自分が影響力を行使できない物事に時間を割くな!


 Hi!ヤッホー!こんにちは。kabuiki1989です。
 本日は株式投資から少し距離を置いて、新規に「投資家と人生哲学」というカテゴリで記事を書いていきたいと思います。この「投資家と人生哲学」というカテゴリを作ったのには理由があり、それは投資家という生き方を選ぶということは、一般人以上に人生においての哲学や規律、行動規範が必要だからです。他の人と異なる道を選択することは、時に大変な困難を伴うことでしょう。最大限の自戒を込めて、個人投資家の健全なメンタルの支えになる記事を書けたら幸いです。もしカテゴリが人気化したら、定番記事にする予定です。
 本日のテーマは「影響力を行使できる物事に力を注げ!」です。はっきり言って現代は「気の散る時代」です。 生きるために大義は必要なく、多くの人は将来の夢や目標さえ漠然としています。日常に流されているうちに、時間はいつのまにか過ぎ去ってしまいます。人生はとても短く、一生のうちに出来ることは限られています。
 では、人生を充実したものにするためには、どうやって生きればいいのでしょうか?
 私が提案する生き方は、本日のテーマである「自分が影響力を行使できる物事に力を注ぐ」ということです。短い人生で何かしらの成果や結果を残すためには、常に影響力を行使できるところに力を注ぐこと。これしかありません。自分が影響力を行使できない物事にいくら熱心になっても、何も結果を残せないのです。それは例えるなら、一人の観客としてバックネット裏で試合を観戦しているだけです。
 あなたは試合を観るのではなく、ゲームに参加し、指揮を執るのです。時には傷を負うことも、観客から野次られることもあるでしょう。しかしそれを恐れてはなりません。プレイヤーにならず、ただゲームを観ているだけでは、あなたは人生においてなんの成果も残すことはできないのです。
 ライフスタイルで常に「自分が影響力を行使できる物事に力を注ぐ」ことを意識しましょう。それがより強力に影響力を行使できるものであればあるほど有効です。




世間に蔓延る!自分が影響力を行使できない物事とは?


 では、自分が影響力を行使できない物事とは一体何でしょう?
 例えばわかりやすいものが「政治」です。我々成人は選挙権を与えられています。しかし、集団ではなく一個人で見たとき、その権利はどれほど実政治に影響力を与えるでしょうか。私自身、政治を軽視している訳ではありませんし、日本の議会の仕組みはよく理解しています。選挙も毎回行っています。しかし、政治へ注ぐ「熱」というのはほぼ0です。何故なら、自分は政治に対して強い影響力を行使できないと知っているからです。
 政治の例は簡単でしたが、実は社会というのはもっと複雑で、いかにも「自分が影響力を行使している」と勘違いさせてしまう装置が多いです。例えばデモ活動です。デモ活動は集団で何者かに訴えかける行為です。デモ行進をしていると自分が影響力を行使していると勘違いしがちですが、実際ほとんどのデモ参加者は、ただ集団のなかに身を置き、集団に沿って行動しているだけで、影響力を行使できてはいません。本当に影響力を行使しているのは、デモを主導する立場の人間だけです。
 また、身近なところでテレビゲームやスマホゲームも自分が影響力を行使できない物事です。電車に乗れば多くの人たちがスマホゲームに夢中になっています。私も昔はテレビゲームに夢中でした。何故ゲームは人々を夢中にさせるのか?それは仮想現実の中でプレイヤーになれるから(影響力を行使できるから)です。しかし、ゲームの世界で影響力を行使して、一体何になるのでしょうか?ゲームを否定しているのではありませんが、ゲームに「ハマる」という行為は真っ向から否定します。
 4年前の12月30日の出来事を私は鮮明に覚えています。私は朝10時頃、帰省するため羽田空港行きの電車に乗っていました。車内の風景は今と全く同じで、うんざりするほどの車内広告が垂れ下がり、乗客のほとんどがスマホゲームに夢中になっていました。一方、私は 3179 シュッピンが安く寄っていたので、証券会社のスマホアプリを開き熱心に買い集めていました。その日は大納会でした。私がふと顔を上げて車内を見回したとき、周囲と自分のやっていることの違いに驚きました。そのとき私は確信しました。いまこの同じ車両に乗り、スマホゲームに夢中になっている人たちより、自分は将来必ず成功を収めているだろうと。
 社会の多くの人たちは影響力を行使できない物事に夢中になり、時に影響力を行使した気分になって生きています。

他人に期待するな!


 社会を見ていると他人に期待する人が多いようです。しかし、他人というのもまた、自分が影響力を行使できない対象の一つです。他人に命令はできても、他人の体を操っているのはあなたではないため、根本的に影響力を行使できる対象ではないのです。よく「何故あの人はああなんだろう」と思い悩んだり、腹を立てたりする人がいますが、私はその考えは完全に間違っていると思います。他人の行動にいちいち腹を立てても仕方のないことです。他人の理解できない行動は全て「現象として捉えること」が重要です。雨がふったり風が吹いたりするのに腹を立てても無意味なのと一緒です。大事なのは現象への対策です。雨が降ったら傘を差すように、厄介な対人関係は現象として捉えて被害が及ばないように対処しましょう。雨が降ることに思い悩んだり、雨が降らない為の対策を打つのは根本的に間違っています。あなたが祈ったところで、雨は必ず降るのです。
 徒然草(兼好法師著)の211段に以下の文章があります。


 世の中には何一つとしてあてにできるようなものはない。愚かな人は、何かをやたらとあてにするから、腹を立てたり恨んだりするのである。

 例えば、権力者もあてにはできない。強い者から先に倒れるからである。金持ちもあてにはできない。金はあっという間に無くなるからである。頭のいい人もあてにはできない。孔子でさえも不遇だったからである。立派な人もあてにはできない。顔回(がんかい)でさえも不幸だったからである。主君のひいきもあてにはできない。一瞬にして罪を被(こうむ)り殺されるからである。家来もあてにはできない。裏切って逃げることがあるからである。人の好意もあてにはできない。人の気持ちは変わるものだからである。約束もあてにはできない。約束が守られることは少ないからである。

 (中略)

 心の幅を広く持てば何も邪魔には感じないし、心の奥行きを深く持てばすぐに行き詰まることもない。逆に、心が狭いとすぐに他人と衝突して傷ついてしまう。

 だから、心の働きが足りず余裕のない人は、何もかも気にくわず、争い事を起こしては傷つくことになるが、逆に、心が寛大で柔軟な人は、決して傷つくことがないのである。

 人間は天地が生み出した神秘的な存在である。その天地に際限がないのだから、人間の心に際限が無くて何の不思議があろう。そして、心が広大で際限がないなら、喜怒哀楽の情にわずらわされることもなく、他人のために苦しみ悩むこともなくなるのである。(第211段)



 

他人の輝きを消費するな!


 テレビというのは視聴者が全く影響力を行使できない時代遅れのツールなわけですが、クローズアップされた一般市民のほか、政治家や経営者や芸能人やアイドルやタレントやスポーツ選手などの多くの有名人の活動が映し出されます。最近では平昌オリンピックで選手達の競技に、誰もが夢中になっていました。
 特定のアイドルやスポーツ選手を応援している人は多いと思います。誰かを応援することは、その人に力を与える意味で大変意義深いものです。また、日常の向こう側に居る面識の無い誰かを応援するために、膨大な時間とお金をつぎ込む人も決して少なくはありません。
 しかし、自分が影響力を行使できない人に対して、自分の人生の貴重な時間をそれほどまで多く費やすことは、本当に正しいのでしょうか?アイドルやスポーツ選手が輝いて見え、応援したくなるのは、我々の知らない所で彼らが日々努力を重ねているからです。言い換えれば、彼らは自分が影響力を行使できる物事に日夜、全力を注いできた結果、いまの場所に立っているのです。
 あなたは人を応援するだけの人生でいいのでしょうか?そんな人生は空虚だと思います。あなたは他人を応援するだけではなく、自らプレイヤーとなり、あなた自身の夢に向かって努力すべきなのです。自分が影響力を行使できる物事に、あなたが持てる全力を注ぎましょう。
「他人の輝きを消費するな」と私は言いたいのです。

自分が影響力を行使できる物事を増やしていこう!


 自分が影響力を行使できる物事を増やすことは、人生を充実させます。誰かに頼り、誰かに期待し、誰かに憧れるのも時にはいいでしょう。しかし、それだけでは自分の人生を生きている意味がありません。気の散ることが多い日常のなかで、自分が一体何に影響力を行使できるのか考えて実践していくべきだと思います。
 会社や組織など集団の傘に紛れて、仮初めの影響力を振りかざすのではなく、あなた個人が100%影響力を行使できる物事を見つけて絶えず努力していくのです。私にとってそれが株式投資でした。


 ピアノの本当に美しい音というのは、巧く演奏しているときの音じゃない。 たったひとつの鍵盤を弾いた時の音なんだよ。---「集団」なんてないのさ。全て個人。
 本当に恐ろしいのは一人一人。- 城戸信長

「日本橋ヨヲコ『極東学園天国』より引用」




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